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山口地方裁判所 平成元年(レ)3号 判決

控訴人 国民金融公庫

右代表者総裁 吉本宏

右訴訟代理人 池田光男

右訴訟代理人弁護士 中谷正行

被控訴人 石井禎

右訴訟代理人弁護士 秋山正行

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一九二〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二六日から同年二月二五日まで年七・九パーセント、同年二月二六日から支払ずみまで年一四・五パーセント(但し、年に満たない端数期間については一日〇・〇四パーセント)の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は第二、三項につき仮に執行することができる。

理由

一1  請求原因1及び2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  ≪証拠≫を総合すると、請求原因3の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

二  抗弁1(詐欺による取消し)について

1  訴外会社の経営状況について

≪証拠≫を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  訴外会社は、昭和四〇年に設立され、新車及び中古車の販売を主な営業内容としていたが、中古車の下取り価格が高く、かつその販売が思わしくなかつたこと及び同業者間の競争が激しかつたこと等から、売上自体は増加しても利益が伸びず、昭和五〇年ころから慢性的な赤字状態が続き、同五四年ころには、年間約三〇〇万円の赤字を出していた。そこで、訴外会社は、販路を拡大するために、金融機関から借入をして、昭和五三年一一月に訴外会社と同一の営業目的とする訴外ライオンオートを設立したが、右ライオンオートも設立時から年間約三〇〇万円の赤字を出していた。

(二)  訴外会社は、右会社の資金繰り及び右ライオンオートの設立等のために、訴外会社、訴外市竹及び訴外ライオンオートの各所有不動産に担保権を設定するなどして金融機関から借入をして営業を継続してきたが、右不動産の担保価値を上廻る借入がすでになされ、新たな借入も困難となり、それとともに、営業の不振による慢性的な赤字の累積と右借入金の返済等にも窮する状態となつたため、訴外市竹は、昭和四五年ころから、現実には存在しない売買につき、架空のいわゆるマル専手形を偽造し、右偽造手形を担保に新たに融資を受けたり、作出した架空の売買に基づいて信販会社からローン名下代金の詐取等を行うとともに、このような架空売上を計上して粉飾決算を行うことにより、いかにも訴外会社の経営状態が良好であるように偽装して金融機関からの融資を引き出して急場をしのいでいたが、右手形の偽造については、昭和五五年ころより増加して行き、本件貸付当時においては、右偽造手形による架空の売上は約一〇億円、信販会社からの代金詐取による架空売上は約八〇〇〇万円にも達し、金融機関からの借入も一〇億円以上あつて、訴外会社は事実上、倒産状態にあつた。

以上のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

2  訴外市竹の詐欺について

≪証拠≫を総合すると、被控訴人は、昭和五九年一〇月一日ころ、訴外市竹から、電話による本件借入についての連帯保証の依頼があつたが、その際、訴外市竹は、訴外会社の経営がすでに破綻状態に陥つていることを秘して、本件借入の理由として控訴人からの借入枠が少しあるので借入を増やしたい旨申し入れたこと、そして、被控訴人は、右申出に対し、訴外市竹から以前にも訴外会社の経営状態が良好である旨聞いていたこと、また、右申出の際、訴外市竹から物的担保を付けないで本件貸付が実行されることを聞いた被控訴人が、訴外会社の最近の業績を尋ねたところ、訴外市竹は良い旨答えたこと、そして、被控訴人は、控訴人が物的担保もなく本件貸付を行うことから、訴外会社の営業内容が良好であると推測したこと、さらに、訴外市竹とは高校の同窓で、旧来から親しい付き合いのあつたこと及び本件連帯保証の依頼を受ける前に、被控訴人が経営する南西水産株式会社が控訴人から借入をするに際して、少なくとも三度訴外市竹に保証人になつてもらつていること等の事情を考慮して、本件連帯保証の依頼を承諾したことが認められ、右認定に反する被控訴人本人の供述部分は前掲各証拠に照らしにわかに措信することができず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

右認定によると、訴外市竹が被控訴人に本件連帯保証の依頼をするに際し、訴外会社の経営状態が良好である旨述べたとしても、右は電話による簡単な問答であつたことが窺え、しかも、被控訴人が訴外会社の営業内容が良好であると判断したところのものは、専ら控訴人が物的担保なく本件貸付を実行するということを聞いたことによる被控訴人の推測に基づくものであり、被控訴人としては、訴外市竹と旧知の間柄であつたこと及び被控訴人経営の会社が借り入れる際に右市竹に保証人となつてもらつている等の事情を総合的に考慮して本件連帯保証の依頼を承諾したのであつて、訴外市竹の訴外会社の営業内容に関する右発言は、右発言に至る状況に照らすと、単なる世間話の程度を出ないものというべく、被控訴人に対する偽罔行為とまでは言い得ないものであり、仮に偽罔行為に該当するとしても、右偽罔行為と被控訴人の本件連帯保証の意思決定との間に相当因果関係を認めることはできない。

以上のとおりであるから、その余の点について判断をするまでもなく、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2(権利の濫用)について

1  本件貸付当時、訴外会社の経営状態が破綻していたことは前記二(1)の認定のとおりであり、抗弁2(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  控訴人の訴外会社の経営状態についての認識について

≪証拠≫を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  控訴人は、訴外会社に対し、昭和四六年一一月二六日に三〇〇万円を貸付けたのを第一回として本件を含め合計六回の貸付を行つているところ、この中には、従前の貸付金の弁済が終了していなかつたため、新たな貸付の際にその貸付金の一部を従前の貸付金の弁済に当てたことがあり、本件貸付金二一〇〇万円についても、その内一四四〇万円は従前の貸付金の弁済に充当された。

(二)  控訴人は、本件貸付に際して、訴外会社から、貸付時に直近した一年分の決算書、右決算書の決算時期以降の残高試算表及び税務申告書類を提出させるとともに、訴外市竹に面接し、さらに、訴外会社、訴外市竹及び訴外ライオンオート等所有の不動産登記簿を調査の上、訴外会社の経営内容について、借入金が増加して、元本支払だけでも月額一八七五万円に及んでいること、右借入のために訴外会社所有の不動産に担保権が設定されていて、これらについては既に担保余力がないこと、昭和五七年度と同五八年度を比較すると、税引前利益が減少して収益力が低下していること等訴外会社の経営内容に不安な点を把握していたが、前記二1(二)の認定のとおり、結果的には訴外会社による粉飾された決算書ではあるものの、昭和五七年度と比較して同五八年度の売上高が増加していること、訴外会社の決算書についても税務申告書と対比して確認をしたこと及び従前から融資をし、借り換えはあつたものの、返済が滞るという状態にはなかつたこと等を考慮して、訴外会社には返済能力があるものと認識し、融資は可能であると判断した。

以上のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右認定によると、本件貸付時において、控訴人が訴外会社の経営状態が破綻していることを認識していたと認めることはできない。

3  控訴人の訴外会社の経営状態の認識欠如に対する重過失について

(一)  ≪証拠≫を総合すると、訴外会社の総勘定元帳ないしは補助簿には、その集計が不十分な部分があつて決算書に記載されている売上につき架空のものが含まれていることを認識し得た可能性が存すること、控訴人においては、法人に対して初めて融資をする際には、その審査に当たつて、現在及び前期分の総勘定元帳や補助簿の提出をも要求する場合があるが、本件貸付にあたつては、過去の取引経過から訴外会社に対し、右の総勘定元帳及び補助簿を提出させていないことが認められ、右認定に反する証人長谷川肇の証言部分は前掲各証拠に照らしにわかに信用することはできず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、金融機関が融資するに際して、融資先の信用を調査、把握するために、一般的に総勘定元帳や補助簿を審査した上でなければ融資できないと解することはできないところ、右2の認定事実に、≪証拠≫によれば、控訴人の訴外会社に対する貸付は本件が初めてではなく、昭和五五年から同五八年までの間、毎年貸付を行い、その都度、訴外会社の信用度を調査していたこと及び控訴人は、本件貸付について訴外会社から決算書、残高試算表及び税務申告書の提出を受け、右決算書についても税務申告書と対比して確認したことが認められ、これらを考慮すれば、控訴人が本件貸付をするに際して、総勘定元帳等の提出をさせなかつたとしても、融資の際の調査として、そのなすべき注意義務を怠つたとまで言うことはできない。

(二)  ≪証拠≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社が取引していた金融機関の中には、本件貸付以前において、訴外会社の経営状態に疑問を抱き、取引を停止したものがあるところ、これらの金融機関が右取引を停止した理由は主に訴外市竹が偽造していた手形について疑問をもつたことであること、控訴人においては、一般の金融機関から資金の融資を受けることを困難とする者に必要な事業資金等の供給を目的とする融資のみを行つており、通常の金融機関のような手形取引を含む日常の取引業務は行つていないことが認められ、これを覆すに足りる証拠はなく、右認定によると、訴外会社と取引のあつた一般の金融機関が、本件貸付時までに右取引を停止していたとしても、その性質、業務内容を異にする控訴人について本件貸付にあたつて重大な注意義務違反があつたと認めることはできない。

(三)  また、被控訴人は経営状態が悪化している主たる債務者に融資をする者は、その保証人になろうとする者に対して、右経営状態を告知する義務がある旨主張するが、保証の性質、目的が、本来、万一の場合に主たる債務者の資力を補完することにあり、また、本件のように主たる債務者からの依頼によつて保証をなす場合に、主たる債務者の資力についての危険は保証をなす者が負担すべきものであつて、被控訴人主張のような義務があるとは一般的に解されない。しかも、前記三2の認定のとおり、そもそも、控訴人は、本件貸付をするに際し、訴外会社の経営状態が破綻しているとの認識がなかつたものであるから、右主張を採用することはできない。

(四)  右(一)ないし(三)の認定のとおり、控訴人が本件貸付をするに際して、訴外会社から提出を受けた資料によつて、訴外会社の経営状況が以前に比較して決して良くはないことを認識していたものであるが、粉飾された決算書であるとはいえ、これを税務申告書と対比して確認したこと、訴外会社には従前から貸付がなされていて、借り換えはあつたものの、その経営が破綻を来しているとの推認を働かせるほどの返済の遅滞はなかったこと、また、控訴人は一般に中小企業にできるだけ簡単に融資をすることをその役割としていることを総合的に考慮すると、本件貸付及び連帯保証契約の締結について控訴人に重過失を認めることはできない。

4  右によれば、抗弁2は理由がない。

四  結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は理由があり、これを一部棄却した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条に従い、原判決を取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西浅雄 裁判官 大西良孝 橋本眞一)

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